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「異体字」問題・その1

2012/03/30

印刷物から電子書籍を作成するにあたって乗り越えなければならない問題はたくさんありますが、まず真っ先に問題となると思われるポイントのひとつ、「異体字」の問題について書いてみたいと思います。

異体字とは何か

日本語文書では実にたくさんの漢字が用いられますが、同じ文字でも微妙に字形が異なる文字を用いる場合があります。特に人名・地名で頻出する「旧字体」などが広く知られた例ですが、印刷物に用いられている異体字形のバリエーションは、到底それだけで収まりきれるようなものではありません。

「辺」の異体字

「辺」の異体字

試みに、「渡辺」の「辺」の字の異体字をInDesignの字形パレットで表示させてみます。1、2、3・・・24種類!これは「Adobe1-6」というグリフ(字形集合)規格に対応したOpenTypeフォントが内包している字形ですが、この字形全てを字形パレットから呼び出して表現できるのが現在の印刷組版システムです。さすがにこの「辺」の文字の字形バリエーションは例外的に多い部類に属しますが、普通の漢字でも「旧字体」「エキスパート字形」「JIS78字形」「JIS83字形」などといった感じで4〜5種類の異体字が存在するものはザラです。

電子書籍化に伴う問題

問題は、この印刷物で用いられている字形の中に、電子書籍でそのまま表現できない字形が多く含まれていることです(外字画像を使うという選択肢はとりあえず除外します)。字形の違いに対して別のユニコード符号が与えられているものは問題ありませんが、同一のユニコード符号位置に対してInDesign/Illustratorなどの対応アプリケーションの中から呼び出して切り替えることを前提として2種類以上のグリフ字形が割り当てられているパターンが存在するため、「電子書籍にしたら人名漢字が基本字形になってしまった」というような問題がおそらく起こってきます。
こういった字形に絡む問題はとても根が深く、電子書籍以前から書籍系印刷会社を悩ませてきた頭痛の種です。JIS規格の改訂がかかるたびに字形の変化を目を皿のようにしてチェックし、対応に血道をあげてきたのはおそらく全国の書籍系印刷会社全てに共通する歴史と思います。

新旧「葛」の字形

新旧「葛」の字形

比較的最近の一例をあげますと、「葛」の字のJIS改訂に伴う字形変化の例などが有名です。JIS2000からJIS2004への改訂の際に標準字形が入れ替わった※1ため、全国の印刷会社の現場が悲鳴をあげました。例えばこの「葛」の文字も、ユニコード番号「845B」に旧JIS/新JIS双方の字形が収録されているパターンに該当するため、JIS2000準拠のフォントで組版された「葛」の字を含んだ印刷データをそのまま電子書籍化し、JIS2004準拠のフォントで文字を表示した場合、紙印刷物と異なった字形で表示されてしまいます。どうしても紙印刷物と同一の字形で表示したければ外字イメージで対応するしかありません。こういった状況を改善するためにUNICODE IVSという規格が現在動き始めてはいますが、これも順当に普及したとしても、現場で実際に使えるようになるのはかなり先の話になりそうです※2

おそらくきちんと事前に出版社サイドに説明を行っておけば本文中の字形変化は許容していただけると思われますが、人名・地名といった固有名詞に関してはそうもいかない状況が出てくるかも知れません。これはもちろん「葛」1文字だけの問題ではなく、JIS2000→JIS2004の例示字形の変化だけでも168文字を数えます。過去の印刷データにはそれ以前のJIS規格に沿ったフォントを用いて組版されたものも当然多数ありますから、「結局紙原本と照合して校正した方が早い」という状況になるのではないかと思われます。このあたりはコスト的にとても頭の痛いところです。

また、OpenTypeフォントが普及する以前は、こうした字形のバリエーションへの対応は「外字フォント」を用いていたわけで、こちらはさらに根が深いのですが……いささかキリがありませんので、外字フォントを多用した古い印刷データの電子書籍化については、いずれ機会を見てあらためて書こうと考えております。

※1 参考:http://pc.nikkeibp.co.jp/article/NPC/20070105/258134/
※2 IVS技術促進協議会:http://ivstpc.jp/default.htm

(2012.3.30)

印刷会社としての「電子書籍」への取り組み

2012/03/30

なぜ印刷会社が電子書籍に取り組む必要が出てきているのか

オフセット印刷機

オフセット印刷機

このブログを始めるにあたって、まず、なぜ印刷会社が「電子書籍」に取り組む必要があるのかについて最初に書いておきたく思います。というのも、電子書籍関連のどのセミナーに行ってご挨拶をさせていただいても、「印刷会社です」と言うと意外そうな顔をされる方が多いからです。どうも「電子書籍は出版社の作るもの」との考えが一般的には根付いているようで、印刷会社で電子書籍と言うと「畑違い」との印象があるのでしょうか。

出版業界全てとは言いませんが、少なくとも私が所属している文芸・学術系の書籍出版業界においては、少なくとも技術的な側面に関して、「印刷会社」が電子書籍制作に正面から取り組まなければならない状況が出てきています。そうした状況は、書籍出版業界の伝統的な業界構造に根ざして生まれてきています。

印刷会社は「印刷をするだけ」の存在ではない

一般的な「印刷会社」のイメージは、コンクリートの床の上に設置された巨大な印刷機が朝から夜まで回り続け、大量の紙を四六時中吐き出し続けている、といったようなものでしょうか。そのイメージは決して間違いではありませんが、少なくとも書籍印刷系の印刷会社にとって、それは全体の業務の一部分に過ぎません。書籍印刷系印刷会社の中には必ず「書籍制作部門」があり、そこにはずらりと並んだコンピュータに向かってDTP組版ソフトを操作する数多くのオペレータの姿があります。著者が執筆し、出版社内の編集者によって編集され、まとめられた原稿は印刷会社内の組版オペレータの手によってDTP組版データとして加工され、実際に印刷できる状態となります

電算写植機

電算写植機

誤解しないでいただきたいのですが、こうして印刷会社の中で組版処理が行われ、書籍が制作されるのはなにもDTPが一般化してから起こってきた新しい業態ではありません。過去には、DTP組版ソフトをインストールしたコンピュータの代わりに「電算写植機」がずらりと並ぶ姿がそこにはありました。それ以前の時代には電算化以前の「写植機」、さらに時代を遡れば、「活版印刷」の設備がそこには存在し、職人の手によって文字通り鉛の活字を用いて版を組む「組版」が行われていたのです。つまり、書籍出版業界においては、出版社が企画と編集までを担当し、それ以降の技術的制作の部分は「印刷会社」が担当してきた歴史的な経緯があるのです。

もちろん、例外があることは承知しています。早い段階から社内に電算写植機を導入し、積極的に制作工程の内製化を模索してきた意欲的な出版社も存在しますし、現在、電子書籍関連のニュースで頻繁に名前が出てくるコンピュータ技術書系の出版社などのように、設立時にDTPが一般普及していた比較的新しい沿革を持つ出版社の多くは、社内に制作部門を持ち、原則として社内で印刷データの制作を行っているものと思います。ただ、こうした先進的な業態を持つ出版社は、おそらく書籍出版業界全体で見た場合には少数派です。多くの出版社は、依然として書籍の技術的制作の部分を印刷会社に委託している現状があります。

これがすなわち、「印刷会社が電子書籍に取り組まなければならない理由」の本質です。こと書籍制作の技術的側面の変化に関しては、それが紙書籍に関するものではなくても、印刷会社は本気で取り組まなければならないのです。

「印刷データ使用権」の問題

さて、仮に出版社が紙書籍を電子書籍化して発売しようと考えた場合、一番の障害となるのは何でしょうか。それはおそらく、「二次使用権利処理」ではないかと思います。現在の日本の著作権法における権利処理の煩雑さについては、私などがどうこう言うよりも専門の方による本※1を読んでいただいた方が良いかと思いますので割愛しますが、印刷会社との関係において問題になってくるのは電子書籍のもととなる「印刷データの使用権」についてです。

実は、特別な契約がない限り「印刷データ使用権」は出版社ではなく、印刷会社が所有しています。これは、印刷データは紙書籍を作成するための「中間生成物」であり、書籍そのものではないという判断から来るようで、裁判による判例も出ているようです※2。そうなってくると、出版社が印刷データを元として電子書籍を制作するには、「印刷データ使用権」を持つ印刷会社に交渉して印刷会社において電子書籍を制作させるか、もしくはその書籍の「印刷データ使用権」を買い取るか、といった手順が必要となってきます。(こういった部分の煩雑さを避けるために、早い時期から印刷データの引き取り契約等を考えてきた出版社が存在していたことも附言しておきます。)

前述した事情からわかるように、これまで社内で書籍のデータ制作を行っていなかった出版社が、「印刷データ使用権」を買い取ったとしても独力で印刷データを電子書籍化するのは難しく、必然的に制作の外注が必要となります。これは当然費用がかさみます。こうした事情も、現在電子書籍のタイトル数が伸び悩んでいるひとつの要因だと思います。(近々正式に発足する「出版デジタル機構」が、業務のひとつとして出版社と電子書籍制作会社の間の仲介を行うことを想定しているのは、こうした事情を踏まえた上でのことと推察しています。)

現在の一般的な書籍制作の流れ

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ここまでの話を読んで、出版印刷業界の内部にいない方の中には、素朴な疑問を持たれた方もおられるのではないでしょうか。すなわち、「印刷会社に入稿する前のテキストをもとに電子書籍を作成すればいいのでは?」という疑問です。これに関しては、「現実問題として、難しいと思います」とお答えしておきます。出版社から入稿された原稿のテキストがそのまま修正なしで印刷データになり、世の中に出て本になる……といったようなことはまず、ありません。私は10年以上出版印刷業界におりますが、一度もそのような経験はありません。初回入稿時のテキストはDTP組版データとして加工され、社内の仮出力用プリンタで出力されて(「ゲラ刷り」といいます)出版社に送られ、著者・編集者の手によって修正指示が入れられます。それが印刷会社に戻されて組版オペレータの手によって修正が反映され、ふたたび出力されて出版社に送られる……といった工程が最低でも3~4回は繰り返されるのが通常です。再版時に細かな修正指示が入ることもよくあります。

これは、大昔から続けられてきた書籍制作のワークフローであり、今後もそう簡単には変わりそうにはありません。つまり、世の中に出回る紙書籍の最新の原版はデジタルデータ的には印刷会社にある印刷用DTPデータの中にしか残っていないため、出版社が単独で電子書籍化を行おうとした場合、最新版の紙書籍をもとにして全テキストを再入力する必要が出てきます。200~300ページの平易な小説などならまだしも、500ページを超えるような専門書等でこれを行うのはどう考えてもコスト的に割に合いそうにありません。従って、「少なくとも既刊本からの電子書籍制作は印刷会社が考えるべき問題」といった結論に結びついてくるわけです。

このブログでは今後、電子書籍の制作を行う過程でどういった問題が発生してくるのかを、現場からの視点で書いてみようと考えています。印刷・出版・WEBなど様々な業界の方からのご意見をいただければ大変ありがたいです。また、電子書籍制作ソフトウェア・ビューア等を開発される会社の方に現場でのニーズを少しでも汲み取っていただき、早期に快適な制作環境が整うことを期待している部分もあったりします。今後、なにとぞよろしくお願いいたします。

※1 福井健策氏の『著作権の世紀―変わる「情報の独占制度」』(集英社新書)をおすすめしておきます。
※2 参考:http://www.tokyo-printing.or.jp/report/hanken.pdf

(2012.3.30)

プロフィール
Jun Tajima

こちらにて、電子書籍&Web制作を担当しています。
このブログは、EPUB3をはじめとした電子書籍制作担当オペレータからの、「電子書籍の制作時にたとえばこんな問題が出てきていますよ」的な「現地レポート」です。少しでも早い段階で快適な電子書籍閲覧・制作環境が整うことを願って、現場からの声を発信していこうと目論んでおります。

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