EPUBのフォント埋め込みのライセンスについて
2015/05/12 最近何度か仕事で扱う機会のあった、EPUBでのフォント埋め込みに関してちょっと書いておこうと思います。
現状、EPUBの表示フォントは、デバイス/ビューアの持っているフォントを使わざるを得ないため、コンテンツ制作側での指定としては、明朝/ゴシックおよび並字/太字の指定が行える程度で、DTP制作のように細かな書体指定は難しい状況にあります。
まあ紙書籍と電子書籍はそもそも異なるものですので、将来的にDTP制作と同じように細かなフォント指定ができることが望ましいかといえばそれも疑問なのですが、それでもどうしても特定のフォントで表示を行いたいケースはあります。
例えば「見出しに特太丸ゴシック体を使いたい」ですとか、「プログラミングソース部分を等幅欧文フォントで表示したい」、「中国語の人名を簡体字の字形で表示したい」などといった場合です。
こういった場合、フォントそのものをEPUBに埋め込み、OPF、CSSに適切な記述を行うことで埋め込んだフォントの字形で表示させることができます。これ自体はEPUBの規格に入っていますし、既に多くのビューアでは技術的な対応を完了しているのですが(表示対応ビューアの参考はこちらの3-9)、残念ながらまだライセンス規約的な問題が残っており、自由に使える状況にはなっていません。以下、簡単なまとめです。
和文フォントのライセンス
和文フォントをEPUBに埋め込む場合、一応技術的にはまるごと埋め込んで表示させること自体は可能なのですが、印刷用フォントと同じものをそのまま埋め込むことにフォントメーカーが首を縦に振るとは思えません。まだフォントメーカーのフォント埋め込みに関する統一見解は出ていませんが、現状見えている限りでは少なくとも「サブセット化」と「難読化」は必要になりそうです。「サブセット化」というのは、EPUB内で実際に用いられている文字のグリフだけを抽出した元のフォントの「サブセット」を作ること、「難読化」は容易にフォントデータの抜き出しが出来ないような処理を行うことで、これはどちらも例えばWebフォント用の技術としては確立されているようです。InDesignからEPUB書き出しを行った場合にも、双方の処置を行ったフォントが埋め込まれます。
ただし、フォントメーカーとしての統一見解が出ていない以上、現状でフォントを埋め込みたい場合は各フォントメーカーの個別許諾が必要になるでしょう。
例外としてAdobeとGoogleが共同開発した日本語フォント「源ノ角ゴシック」は、SIL Open Font License 1.1の規約に沿ってオープンソースで公開されていますので、フルセットでの埋め込み使用が可能です。
欧文フォントのライセンス
一般的に認知度の高い「Helvetica」や「Futura」などといったフォントを使用するには、やはり日本語フォント同様に個別許諾が必要になるものと思われます。OSに含まれているからといって、それをEPUBに埋め込んで配布するのは明白なライセンス規約違反なので注意が必要です。
また、いわゆる「フリーフォント」に関しても、EPUBに埋め込んで使用する場合には「ソフトウェアのバンドル」に相当するため、相応の注意は必要そうです。以下、私のわかる限りにおいて一般的なフリーソフトウェアのライセンス形態について書いておきます。
OFLライセンス(SIL Open Font License)
自由に利用できるが、電書への埋め込みに関してはライセンス表記をコンテンツ内に含める必要はあるかも。
GPLライセンス(GNU General Public License)
誰でも自由に複製・改変・頒布することが許可されている。ただし、制作物もGPLライセンスで配布しなければならない。利用した制作物全てに関してのソースコード公開が必要になるため、実質商用の電子書籍への埋め込みでは利用できない。
ただし例外として、Font Exceptionの文面が付記されている場合には成果物をGPLの規約に従って公開する必要はなくなるため、使うことができる。
LGPLライセンス(GNU Lesser General Public License)
GPLとほぼ同じだが、利用部分のソースコード公開のみでよい。ただ、商用の電子書籍は通常DRMがかかった状態で配布されるため、やはり利用できないと考えた方がよさそう。
ただし例外として、Font Exceptionの文面が付記されている場合には成果物をGPLの規約に従って公開する必要はなくなるため、使うことができる。
修正BSDライセンス(New Berkeley Software Distribution)
3条項BSDライセンスとも呼ばれる。自由に利用できるが、電書への埋め込みに関してはライセンス表記をコンテンツ内に含める必要はあるかも。BSDライセンスについては他に宣伝条項の記載を義務づける4条項BSDライセンスと簡易BSDライセンスとも呼ばれる2条項BSDライセンスがある。
MIT License
2条項BSDライセンスとほぼ同じと考えてよさそう。
LPPL(LaTeX Project Public License)
自由に利用できるが、電書への埋め込みに関してはライセンス表記をコンテンツ内に含める必要はあるかも。
Apache License 2.0
ユーザーがそのソフトウェアにApache Licenseのコードが使われていることを知らせる文言を入れる必要がある。
IPAフォントライセンス
独立行政法人情報処理推進機構 (IPA) によって配布されているIPAフォントで使われているライセンス。FAQにフォントの再配布について「入手時に添付されている「IPAフォントライセンスv1.0」の写しを再配布するIPAフォントに添付しなければなりません。」とある。かなり長文になるため書籍の種類によっては躊躇してしまうが、とはいえこの条件を満たせば埋め込み利用自体は問題なさそう。
IPAフォントには一般的な商用フォントに含まれていないグリフも収録されているため、異体字等を多く利用するようなコンテンツではニーズはあるように思われる。しかし現状ユーザ側でフォントを切り替えた場合に埋め込みフォントの字形が保持されないビューアが多くあるため、ビューアを選びそうなのは悩ましいところ。
PD(Public Domain)
著作権を放棄しているものなので自由に利用できる。クレジット表記も不要。
CC(Creative Commons)
フォントで使われることはあまりなさそうだが一応。基本的に権利者に許諾を得ずに使用できる条件がどこまでなのかを著作者が事前に決めておくためのもの。著作者のクレジット表記は必要そう。また、条件を超えた利用には個別許諾が必要。
以上です。特に注意が必要そうなのはGPLとLGPLで、このライセンスで配布されているフォントに関しては、基本的に商用の電子書籍では使用できないと考えた方が良さそうです。GPL規約に関しては(フォントでのケースでも電子書籍でのケースでもありませんが)、ソニー・コンピュータエンタテインメントが発売していたPS2のゲームソフト「ICO」のGPL規約違反発覚を原因とした生産終了、廃盤などの例もありますので、十分な注意は必要そうです。
また、複数のライセンス規約で配布される「ダブルライセンス」という形態もあるようで、こちらなどはそれに当たります。OFLとGPLのダブルライセンスで配布されており、この場合はどちらかのライセンス条件を満たしていれば問題ないようです。
◇
フォントのライセンスに関しては、基本印刷を前提としたものとなっており、webフォントや電書での利用例自体がまだほとんどありません。このため、現状リスクを回避するためにはどうしても(例えフリーフォントであっても)ライセンスを全文表記するといった冗長な対応を検討せざるを得ない状況にあります。書籍の種類によってはこれはかなり悩ましい話ではあり、今後気軽に利用しやすいライセンス形態が欲しいところです。
今回のエントリを書くに当たって、達人出版会の高橋征義さんに助言および情報提供をいただき、とても助かりました。あらためてお礼を申し上げておきたく思います。
(2015.5.12)
IPAフォントライセンスについて追記いたしました。
(2015.5.12追記)
ご指摘いただき、LaTeX Project Public Licenseの略称を修正いたしました。また、GPLライセンスのFont Exceptionに関して追記しました。
(2015.5.13追記)