最近もったいないなと思っていること
2014/12/25最近、とても「もったいないなあ」と思っていることがあります。それは主に電子書籍の「販売」に関することです。私が普段やっていることは電子書籍の制作であって、私はいかなる意味でも販売の専門家ではありません。それでも長らく電子・紙を問わず書籍の制作に関わり、また一消費者として電子書籍を購入してきて、否が応でも気づかざるを得ないことがあります。今回は、それについて少し書いてみようと思います。
一つ目「なぜ、書店のレジで電子書籍が買えないのか」
私は会社帰りや休日に、書店に寄って新刊書の平積みを眺めるのが好きです。そこには楽しみにしていた新刊だけではなく、今まで全く知らなかったけれども「何だか面白そう」と思える本との出会いがあるからです。ただ、正直に告白しておくと、私は必ずしもそこで紙の本を買うばかりではありません。正直そう広い部屋に住んでいるわけでもありませんから、内容に興味はあっても、部屋の面積を占有しないために「電子書籍で欲しい」と思うことはよくあります。そういった場合には本のタイトルを覚えておき、後でAmazon等の電子書店で買うことになります。
もし、書店のレジでそのまま電子書籍が買えるのであれば、わざわざそんな面倒くさいことはせずにレジで購入するでしょう。つまりこれは書店にとっての「販売機会の損失」なのです。まずこれが「もったいないなあ」と思っていることの一つ目です。
二つ目「なんで紙書籍と電子書籍を同時発売しないのか」
もっとも、書店の店頭での電子書籍書籍の販売は(まだ一部の書店に留まっているとはいえ)すでに始まっていますし※1、もうしばらくすれば状況は随分改善しそうです。ただ、「もったいないなあ」と思っていることはそれだけではありません。書店の店頭で見つけて「電子書籍で欲しい」と思っても、「電子版がまだ出ていない」ことが現状かなり多いのです。現在電子版は多くの場合、紙の新刊発売から2〜3週間は遅れて出るのが通例です。場合によってはさらに遅れます。ただ、これは考えてみればとても「もったいない」ことです。
現在、いわゆる売れ筋の本では、発売されてから一定期間はリアル書店の店頭で「平積み」され、そのあと書棚に移されるものと思います。そして昨今良く言われているように、ディスカバラビリティ(被発見性)という意味で、書店の「平積み」には絶大な効果があります。Amazonのリコメンドですらこの部分においては「平積み」に全然敵いません。これまでの「出版営業」の仕事の多くの部分が、多くの書店でこれを実現するための努力だったと言っても過言ではないだろうと思うのです。見つけられやすければ購入者もリニアに増えるわけですから。
売れ筋とまで言えないような本では平積みではなく最初から棚挿しだったりもするでしょうが、「書店の店頭で発見できる状態になっている」という意味では同じ話です。
この最大の「売るチャンス」の時期に、電子書籍が買える状態にないというのはどういうことなのかと思います。私を含めて、書店の店頭で新刊を見て「内容に興味はあるけど書棚を圧迫するのはイヤだからこの本は電子で欲しい」と思うような消費者は現在相当数にのぼりそうですし、その時に電子書籍が買えなければ、「あきらめて紙の本で買う」か「今は買わない」かに消費行動としては二分されるでしょう。そして「今は買わない」を選んだケースでは、多くの場合「忘れてそのまま買わないで終わる」のです。これは一消費者としての実感ですが、そう大きく外れていないと思います。つまりこれは機会損失に他ならないわけです。そしておそらくはかなり大きな機会損失です。出版社にとって「もったいない」なあと思います。出版営業の人件費をかけて平積み展開を実現させたコストも、そこではある意味無駄にしているわけですし。
そして、同時発売なら紙の本のオビに「電子版も同時販売中!」などと入れることで消費者に告知をはかることは全然難しくないわけですが、発売時期がズレていてはこれもかないません。もったいないです。
三つ目「どうしてひとまず市場に出さないのか」
上記では主に新刊書について述べましたが、既刊の本に関しても「もったいないなあ」と思っていることがあります。現在、大手出版社に関して言えば一般書やコミックに関しては既刊の本の電子化はほぼ済んでいるものと思います。が、中小出版社の電子化進展状況は正直全然これからだと思いますし、大手出版社であってもさまざまな理由で電子化ができていないタイトルはまだまだあります。専門書など多くの関係者が関わっているような本で既刊本の電子化が進まない大きな理由はおそらく「権利処理」で、これはオプトアウトルールの明確化などを含んだかなり思い切った著作権法の改正がなされない限りどうにもならなさそうです※2。
ただ、それ以外に「技術的な理由」というものがあります。現在でこそ印刷データはInDesignなどDTP組版ソフトで作るのが当たり前ですが、ほんの10数年前までは電算写植機で作るのが一般的でしたし、今でも専門書などの分野では電算写植機や専用機は生き残っていたりします。また、一昔前にはいわゆる「マスター」はフィルムや紙型(しけい)であるという考えが主流でした。従って、フィルムなどの作成元になるデータは大事なものだという意識はあっても、保存のためのコストを継続的に負担できないなどの理由などもあり、結果的にまとまった形でデータが残っていないためにテキストが抜き出せないケースは多くありそうです(というかあります)。
そうなるとリフローで電子化するためにはOCR等を用いてテキスト化する必要が出てくるわけですが、欧文ならともかく圧倒的に文字数の多い和文のOCR技術はまだまだ誤認識も多く、これを修正して電子化できる形にするには多大なコストがかかるのは間違いないところです。
このために出版社の判断として「電子版は出せない」となるケースも多いように思うのですが、あくまで私個人の意見としては「とりあえず固定レイアウトで構わないからコストをかけずに電子化して市場に出してしまうべき」だと思っています。ただし、購入した読者にがっかりさせないために「固定レイアウトであることを明示すること」が条件になるでしょうが。
ごく一部のビッグタイトルは別として、それ以外のタイトルは「どれが当たるかなんてわからない」のが出版だと思います。各出版社は従来、出来るだけ多くのタイトルをラインナップに揃えておき、何かしらの出来事が起きた時に随時関連するタイトルを表に出すことで売り上げを上げてきたのではないかと思うのです。それであれば、電子書籍でも、まず「読者がいつでもコンテンツにアクセスできること」を最優先するべきです。高い品質を保証できないから「コンテンツを出さない」という選択を取ってしまっては、「品切れ・返本がない」という電子書籍の大きなアドバンテージを活かせません。「維持費を考えずに常に市場に商品がある状態を作れる」のが電子書籍なのです。ですから、まずはどんな形であれ市場にコンテンツを出してしまうのが良いと思います。その上で一定の売り上げが上がったものについては、あらためてテキスト化し、リフローでの電子書籍化を行えばよいのではないでしょうか。
そうやって市場に商品がある状態を作った上で、何かしら世の中に動きがあり、それに関連するタイトルがラインナップにあったならば、TwitterなりFacebookなりを使ってその事実を消費者に伝えれば良い。それで一定数は売れるでしょう。もちろんいざという時の拡散力を高めるために、普段からTwitterなどでフォロワーの数を増やす努力は必要なわけですが。これが三つ目の「もったいないなあと思っていること」です。
この、「市場にあったことで売れた」わかりやすい事例が、2013年の「はだしのゲン」の事例です。ネットで話題になったことで、実に同時期の12倍という売り上げが出ています。紙の本が早々に品切れになる中、電子書籍は購入できたことでこの売り上げに繋がったと見られます。
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ということで、3つの「もったいないなあ」と思っていることについて書いてみました。来年はこの状況が改善されることを祈りつつ、今年最後のエントリとします。皆様良いお年を。
※1 参考:三省堂×Booklive!「デジ本」
日本出版インフラセンター「BooCa」※2 裁定制度の見直しにより、以前よりは過去の著作物を利用しやすい状況にはなっています。
参考:権利者不明等の場合の裁定制度の見直しについて(文化庁)
(2014.12.25)