InDesignとEPUBの縦書き時の文字の向きの差について
2013/12/09 私たち日本人にとっては縦書き文書を目にするのはごく日常的なことです。縦書きの文書には当然さまざまな固有の組版ルールがあり、それは必ずしも簡単なものばかりではないのですが、私たち日本人はそれがあまりに「当たり前のこと」であるがゆえに、「暗黙のルール」として受け入れてきました。
もっぱら日本市場だけをターゲットとして製品開発・販売が行われてきたこれまでなら、「暗黙のルール」で済みました。ですが、Webブラウザや国際展開しているストアのEPUBビューアで日本語の縦書き文書を過不足無く読めることを期待するには(ツールの開発者に日本語の素養があるとは限りませんから)、きちんと明確化された国際ルールにする必要があります。こういった意味でW3C「日本語組版処理の要件」をはじめとして、さまざまな取り組みが行われてきましたが、最後に積み残した部分として残っていたのが「縦書き時の文字のデフォルトの向き」に関するルールです。
縦書き文書内に長文の英語が混じるような場合、普通英語の部分は90度横転させる組版が行われますが、「A地点」などといったようにアルファベットひと文字の場合に「A」が横転していたら、私たちは不自然さを感じてしまうでしょう。従ってごく一般的に「A地点」の場合の「A」は全角文字で記述するといったようなことが行われます。これは「半角文字のAは縦書きで横転し、全角文字のAは縦書きで正立する」という共通認識があるために行われる行為です。
しかし、アルファベットのようなごく一般的な文字はまだしも、使用機会の少ない特殊記号類や非英語のラテン系文字などでは、各種アプリケーションでデフォルトの文字の向きにかなりの差が見られる実態があったようです。これでは国際ルール化の際に困ります。
そのためこの「縦書き時の文字のデフォルトの向き」についてユニコードコンソーシアムで話し合いが行われ、かなり紛糾したようですが、今年の8月31日にようやくこれが確定したようです。これが「UTR#50」(Unicode Technical Report #50)です。
現状のストアビューアでの縦書き時の文字の向き
ただ、規格として確定したとは言っても、これが実際に各ビューアに反映されるまでには相当の時間はかかると見なくてはなりません。ストアビューアでの現状の縦書き時の文字の向きに関しては、KADOKAWAが「KADOKAWA-EPUB 制作仕様」の中で資料を公開しましたが、これを見ても現状各ビューアでかなりの混乱があるように見受けられます。
そこで、実際に各ビューアでの表示を見てみた方が良いだろうと考え、各ビューアでの実機スクリーンショットを取りました。ご参照下さい。ひらがなや半角英数字などリストアップするまでもない文字は省いてあります。
各ビューアのバージョン/フォント環境は以下の通りです。
以下のリンクからデータをダウンロードしてご覧いただけます。
UprightSideways_1.zip
1 file(s) 2.20 MB
UprightSideways_2.zip
1 file(s) 4.00 KB
UprightSideways_3.zip
1 file(s) 13.87 MB
UprightSideways_4.zip
1 file(s) 4.02 MB
UprightSideways.epub
1 file(s) 199.80 KB
なお、同梱した比較用のInDesign表組みデータの制作環境は、InDesign CS5/OS X 10.7/リュウミンL-KL Pr6N になります。
InDesign内での文字の向きとUTR#50 Rev.11の文字の向きの期待値の差異
さて、上掲のInDesignでの文字の向きの資料とKADOKAWAの資料にあるUTR#50 Rev.11の文字の向きの期待値を比較してみると、実はかなりの差異があることがわかってきます。出版社から制作会社への要望としては実際に印刷物となって目にしている文書を可能な限りそのまま「電子化」したいわけですから、これに少しでも近づくためにはInDesignのデフォルト値とUTR#50の期待値の差分を出す必要がありそうです。そこでこれを調べてみました。
以下に差異のあった文字を公開しますので、ご参照ください。InDesign側の環境は上記と同様です。
U+00A9の「©」やU+00AEの「®」、U+FF1Bの「;」、全角のシングル/ダブルクォーテーションマーク、ギリシャ文字やキリル文字、数学記号類などで差異が見られるようです。
KADOKAWA資料で表示方向に関わらず外字にすることを規定している文字
KADOKAWA資料には、正立/横転の表示方向に関わらず縦書き時に外字にすることを規定している文字が存在します。これにはさまざまな要因があるようですが、例えばU+201Cの「“」およびU+201Dの「”」のダブルクォーテーションマークは、縦書き時にKindleでは現状U+301Dの「〝」およびU+301Fの「〟」のダブルミニュート(ノノカギ/チョンチョン)に自動置換されてしまうため、外字化して対応する必要があるようです。
また、U+FF1Bの「;」やU+005Cの「\」も必ず外字化するように求められています。ただこれらの文字は上記の実態調査ではいずれのビューアでも正常に表示されていたため、ビューアのアップデートにより修正がなされたのかもしれません。他には発音記号などで用いられる結合文字や、結合文字の構成パーツが外字化する文字としてリストアップされています。
以下が対照となる文字のリストです。
ID/UTR#50の双方で「正立」がデフォルト値だがKADOKAWA資料で縦中横タグの挿入を求められている文字
InDesignのデフォルト値、UTR#50の期待値がともに「正立」であるにもかかわらず、KADOKAWAの資料内で「text-combine」(縦中横/電書協ガイドのXHTMLタグ指定では「<span class=”tcy”>00</span>」)のCSS指定を求められている文字も存在します※。
おそらくデフォルト値が横転になってしまっているビューアが存在するため、明示的に正立指定をする必要があるためと思われます。
以下が対照となる文字です。
◇
将来的におそらく各社のビューアの実装はUTR#50に準拠する形に変化していくものと思うのですが、InDesignとの差異は消えることなく残りそうです。「古い印刷データを新しいバージョンのInDesignで開けたら文字の向きが変わった」などという事態はAdobeとしても間違いなく避けたいでしょうから、新バージョンでの対応もすぐには期待しない方が良いでしょう。
こうした部分への間違いのない対応を現場の制作オペレータに期待するのは現実的ではありませんから、何らかの形で機械処理してやるのが正解と思っています。今回はそのための一助として資料を公開させていただきました。
今回リストアップした文字の対策は、現状では外字画像にすることで解決を図っているコンテンツがかなりあるようです。KADOKAWA仕様でも横転する文字は全て外字とすることを求めています。これは一部ビューアで横転の指定が反映されない文字があることを考慮すれば仕方のない対応ではあるのですが、一方で外字画像は背景を黒に設定した場合に見えなくなるビューアが存在するなど、アクセシビリティの障害となることも事実です。
将来的には全てのビューアで正立/横転の指定が正しく反映されるようになることを期待しつつも、現状では例えば一部別の文字で置き換えることが可能な記号類を出版社さんとの事前の協議をもとに自動で置換処理をするといったことも含めて、より質の高い電子書籍の制作に繋がるようなワークフローを考えるべきではないかと思っております。
もし資料に誤り等を発見された場合はご一報をいただけると助かります。すみやかに修正させていただきます。
なお、こちらの資料を使用したことによる損害に対して、私および私の所属する会社として責任は負いかねますので、あくまで自己責任にてご使用ください。
※ 本来電書協ガイドで文字の「正立」指定に用いるXHTMLタグ指定は「<span class=”upright”>00</span>」なのですが、現状「<span class=”upright”>00</span>」のCSS指定に用いられている「text-orientation」の挙動が怪しいビューアが多く見られるため、KADOKAWAフォーマットでは当面「<span class=”tcy”>00</span>」でのマークアップを求める方針としたようです
分類前の全文字が入った一覧も公開しておきます。KADOKAWAの資料をもとに、InDesignでの文字の向きのパラメータを追記してあります。
(2013.12.10)
(2013.12.10追記)ご指摘をいただきまして資料を修正いたしました。皆様ありがとうございます。
(2013.12.10追記)引用符のデフォルトの向きは、InDesign CS6以降では環境設定の「縦組み中で引用符を回転」のチェックが入っていると自動で横転になるようです。ご指摘をいただいたので追記しておきます。なお、CS5で作成したドキュメントをCS6で開いた場合には、もとの文字の向きが保持されるようです。
(2013.12.10追記)「必ず外字化の指示がある文字」に、カタカナの結合文字を追加しました。また、UTR#50およびInDesignでの文字の向きを追加しました。
(2013.12.11追記)資料をもう一度見直し、リストを更新しました。また、全文字のリストも添付しました。資料として落とされた方は、申し訳ありませんが再取得してください。また、アンテナハウスの村上真雄さんが関連記事を書いてくださったようですので、併読をおすすめしておきます。