「東大新図書館計画と次世代デジタルアーカイブ」に行ってきた
2014/11/03去る10月18日、東京大学図書館で行われたイベント「東大新図書館トークイベント10「東大新図書館計画と次世代デジタルアーカイブ」」に行ってきました。
これは第13回東京大学ホームカミング・デイの一環として開催されたイベントなのですが、一般の人でも聞けるとのことで、「東大版ヨーロピアナをいかにつくるのか?」という副題にも興味があったので行ってきました。
Ustreamで公開もされていたということで、本当はもう少し早めに、一度しっかり映像を見直してからエントリを書きたかったのですが、公開期間の2週間をもう過ぎてしまったようで、今見に行っても映像を見ることが出来ませんでした。残念ですが、まあ既に公式のまとめ記事も上がっているようですので、ここでは記憶と、私個人の雑感を中心に書いてみることとします。
「情報の蓄積を発想力に変えられるか」
まずは、国立情報学研究所の高野明彦先生のセッションから。「文化の深い記憶を呼び戻す連想情報技術」と題して、「Webcat Plus」、「新書マップ」、「Book Town じんぼう」、「文化遺産オンライン」、といった高野先生の数々のお仕事の紹介がありました。さらには、これらの各検索データベースを繋ぐ「想 IMAGINE」というサイトが紹介されました。表層部分の検索・データベース化はGoogleによってあらかた達成されているが、深い場所の情報のネットワーク化はまだ手が届いていない部分が多くあるため、これのデータベース化を目指したとのこと。
Webcat Plusはちょっと試してみましたが、興味を持ったジャンルの本の類書を探すシーンなどではかなり役に立ちそうでした。これはいずれAmazonのリコメンドをさらに発展させたような、書籍のディスカバラビリティに繋がっていく技術なのだろうと思います。
高野先生のセッションの中で、特に印象的だった言葉に「水芸から蒸気機関へ」というものがあります。いわゆるビッグデータ的なデータの活用の文脈で語られた言葉だったと思うのですが、現状のビッグデータ活用はまだ「水芸」に過ぎず、今後の情報処理はコンテンツを変換する「蒸気機関」を目指さねばならない、という趣旨の言葉でした。キーワードは「検索から連想へ」とのことです。以前このテーマで高野先生が書かれた論文がこちら。
確かにビッグデータは近年のホットワードですが、まだビッグデータの処理そのものを中核としてビジネスモデルを構築した例はそう多くないようにも思えます。既存のビジネスの補完的な役割に留まっているというのが現状でしょう。今後、全く新しいビジネスモデルがビッグデータの処理を中核として出てくるとすれば、現在米国企業一強と言っていいITの勢力図も、まだまだ今後どう転ぶかわからないとも言えそうです。
「なぜ欧州はグーグルに挑むのか」
続いて、弁護士の福井健策先生のセッション。国立国会図書館の取り組みなど、日本のアーカイビングの取り組みについての説明があった後、EUの「ヨーロピアナ」の説明がありました。
そもそもヨーロピアナとは欧州連合(EU)が、2005年から構築を開始した電子図書館ポータルサイトで、現在既に3000万点のコンテンツが閲覧できるとのこと。のみならず、掲載コンテンツの使用条件が明記されていることがとても利便性を高めているとのことで、このあたりはクリエイティブ・コモンズにも通じる考え方です。
福井先生からも説明がありましたが、現在過去のコンテンツの利用の大きな壁になっているのは、実は権利者に支払うお金そのものというよりも、どこにいるか分からない権利者を探しだし、交渉するコストの方なわけで、その意味でコンテンツの使用条件をあらかじめ明らかにしておくことはとても重要です。
EUが巨大予算を投じてのヨーロピアナ構築に踏み切った背景には、Googleを中心とした英米企業による「知の寡占」状態に対しての深刻な危機感があったとのことで、このままでは英米による文化侵略が(Googleがそれを意図していないとしても)急速に進みかねないという意識が、この事業の推進を強力に後押ししたとのこと。Googleの検索エンジン利用シェアは現在88%にも上るそうで、確かにこの数字はEUに危機感を抱かせるに十分なものと思えます。私たち日本人にしてもこの点は全く他人事ではないでしょう。
福井先生からはこのあと、日本のアーカイブ計画における課題として、専門的な職能を持った人員の不足や、欧州や近隣アジア諸国に比べても圧倒的なデジタル化予算の不足、著作権法の整備が進んでいないことなどが挙げられました。
特に大きな問題として、(昨今良く聞く言葉ですが)「孤児作品」、つまり著作権は切れていないと思われるものの、権利者がどこにいるのか分からない作品の問題について触れています。孤児作品は国立国会図書館によると明治期図書の71%にもなるそうです。
こうした諸問題を解決に導くために、日本でも「デジタルアーカイブ振興法」の早期成立が必要、との提言がありました。
この法律のもとで、アーカイブ振興基本計画の作成、全国のデジタルアーカイブのネットワーク化、デジタル化ラボ、字幕化ラボの設置、各国アーカイブとの相互接続、公的資金で制作・収集された情報資産のデジタル公開を義務化・利用ルールの公開、デジタルアーキビストの育成と関連技術開発、孤児作品・絶版作品のデジタル活用促進などの施策を進める必要があり、また、デジタルアーカイブに必要十分な予算を確保するための下準備としても法律が必要とのこと。
このあたりのことに関しては、近著『誰が「知」を独占するのか』に詳しいようですので、ご一読をおすすめしておきます。
それから、やはりこれに関連して近日、『アーカイブ立国宣言』という書籍が出版されます(ステマだと非難されるのもヤなんであらかじめ書いてしまいますが、電子化をお手伝いさせていただきました(笑))。こちらは実験的に紙の本を購入した人に対して電子本を無料でダウンロード出来るようにするという取り組みを行うようですので、紙で買う方が多分お得です。
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「見て歩く者」の鷹野凌さんが今年の初めに予告されていたように、今年はやはり図書館関係が熱い年でした。これは市場的な面から見ても当然で、いわゆる専門書・学術書といったような分野の本は、従来もあまり「書店」でたくさん売れるというイメージはなく、主に図書館や大学の研究室によって購入されてきました。つまりここは、Amazon KindleやiBookStoreといった既存の一般書向けの電子書店がカバーしきれていないエリアです。今後、この分野の電子化の進展には大きく期待したいところですが、それにはやはり国会図書館をはじめとした図書館との連携が鍵になってくるのだろうと思っています。
(2014.11.5)