Windows8のUnicode IVS対応で出てきそうな影響

 先日、大手町のマイクロソフトテクノロジーセンターで開催されたセミナー「Windows 8 で変わる文字 – 異体字と Unicode IVS~ 情報システムにおける日本語処理 ~」に参加してきました。また、その後JEPAで開催された「Plat14 Unicode IVS/IVD入門「Unicode IVS/IVD入門」刊行記念セミナー」にも参加させていただき、MicrosoftとしてのUnicode IVS普及への姿勢が少し見えてきた感はありますので、印刷/電子書籍の業界に実際に近々出てきそうな影響についてちょっと書いてみたいと思います。なお、Microsoftのセミナーに関しては「ちくちく日記」さんにレポートが上がっておりますので、そちらも合わせてご覧ください。「Unicode IVS/IVD入門」につきましては、「イジハピ!」さんのエントリが参考になります。

Unicode IVSは「テキストの規格拡張」

 まず、そもそもUnicode IVSとはどういうものかということなのですが、これはごくざっくり言うと「テキストの規格拡張」です。Unicodeは世界中の文字をひとつの文字集合規格で表現できるようにして国による文字コードの違いによる「文字化け」トラブルを解消し、コード変換のコストをほぼゼロに近づけることを目指す壮大なプロジェクトですが、Unicode IVSはこれをさらに拡張し、主に日本で人名漢字や地名等で用いられている漢字の「異体字」を表記できるようにしようというものです。これらの文字はこれまではInDesignなどの印刷用組版アプリや官公庁の戸籍運用システムなどの閉じた環境内でのみ使用可能でしたが、Unicode IVSはこれを将来的にWebや電子書籍の世界でも使用可能にするために作られた規格です。

 技術的には、ひとつの文字を表すのに「親字+異体字指定文字」というデータ構造を取っており、ビューア側のフォントがIVSに対応していないなどの理由で正しく目的の異体字を表示出来なかった場合には、「異体字指定文字を無視して親字の字形を表示する」というソフトウェア実装が期待されています。これにより、「少なくとも親字は表示される」ようにし、完全な文字化けによって可読性が大きく損なわれることを防ぐわけです。

 ただし、なにしろIVSは「テキストの規格拡張」ですので、過去に作られた厖大なあらゆるテキストを扱うソフトウェアに影響が及ぶと考えられ、文字化けや運用エラーなどの事故を引き起こす可能性を否定できません。
 特にWindowsやMac OS、Microsoft Office等の日本語入力で一般ユーザーがIVS文字を無自覚に入力できるようになった場合、入力者の母数が大きいため影響がどれだけ広範囲に及ぶかちょっと見当もつきません。DTPや電子書籍ももちろんこの問題と無縁ではありませんので、上記のセミナーにとても興味があったわけです。

Windows8のIVS対応はJIS90字形との互換範囲に留まる

 上記2つのセミナーに出席したことでMicrosoftのWindows8でのIVS対応の方針がおぼろげに見えてきたのですが、どうやら目的としては「JIS90字形とJIS2004字形の同時表示」にあるようです。Vista以降Windows搭載フォントでの字形の基準が変わり、JIS90字形で一般的だった字形が出せなくなりました※1

 このためMicrosoftにJIS90字形対応について多数の要望が寄せられ、現状でこのニーズに応える技術がIVSしか見あたらないため、IVSを採用した、という流れのようです。従って、Windows8搭載フォント内でのIVS対応は127(122+5※2)文字に留まり、さらに現状Windows 8でIVS文字を入力するためにはMS-IMEの設定が必要になるとのことですので、少なくとも今のところは、DTP等への影響はそこまで大きくはなさそうです。これに関してはちょっと安心しました。

今後はIVS入りドキュメントが入稿されてくる可能性がある

 さて、そうは言っても条件付きとは言え「Windows 8単体でIVS文字が入力可能になった」ことは確かですので、対策は必要です。

 これまで組版ソフト内でか扱えなかった人名用漢字などを、一般ユーザーが設定が必要とはいえ入力できるようになるわけですから、中には好んで使う人もいると見なければなりません。つまり、完全に閉じた環境でDTP制作をしている会社ならともかく、外部からデータを受け取る可能性が少しでもある印刷・制作会社は全て、今後はIVSが混じったデータが入稿されてくる可能性があると見て対処する必要がありそうです。

 そして、IVSのやっかいな点は繰り返しますが「テキストの規格拡張」だということで、つまりWord内のIVS入りテキストをそのままコピー&ペーストでInDesignやIllustratorに持って行けてしまいますし、OS自体がIVSの字形表示に対応していなくても(何せテキストなので)、データのハンドリング自体はできてしまいます。Windows XPのメモ帳で保存したデータにIVSの異体字指定文字が混じってくる可能性もあるのです。PerlやRubyなどのテキスト処理プログラムも例外ではありません。そうなると、WordやExcelのドキュメントのみをチェックすればいいという話でもなく、「全ての形式のデータをテキストに落としてチェックする」くらいの対策が必要になるでしょう。

結局DTPでの影響/対処法は?

異体字指定文字のみをInDesign内で選択できてしまう

異体字指定文字のみをInDesign内で選択できてしまう

 さて、では結局DTPで現状Unicode IVS入りのドキュメント入稿にどう対処すべきかということなのですが、以前JEPAセミナーで発表させていただいたようにInDesignはCS4以降でUnicode IVSに対応はしていますが、親字とIVSの異体字指定文字をアプリ内で別々に選択できてしまう少々怖い仕様なこと、Illustrator等は現状でIVSに対応していないことを考えると、まだDTPで安心して運用できる状況とは言い難いため、現状ではテキスト内でIVSが使われている箇所を特定し、字形パレット等から入力できるGSUBの異体字に置き換えてやることになるかと思います。IVSはテキストですので、(特に127文字程度であれば)Indesignタグテキスト等を経由させて同一字形のGSUB異体字に変換してからInDesignに取り込むこともそう難しくはなさそうです。ただし、再校等で追加入稿されてきたデータや、Illustrator等での対応に気をつける必要はあります。

IVS表示に対応していないツールでは化ける

IVS表示に対応していないツールでは化ける

 IVSの有無をチェックする方法ですが、IVSは親字のコードの後に「U+E0100〜U+E01EF」の異体字指定文字が並んでいる構成になっていますので、単純にIVSが含まれている文字を知りたいだけなら、この範囲の文字が含まれているかどうかを各種ツールでチェックすれば良いでしょう。また、現状IVSの表示に対応していないツールでは、異体字指定文字が化けて表示されますので、最悪これを目視でチェックすれば良いことになります。

 MicrosoftがWindows8内で使用可能としたIVS文字に関しましては、以前もお世話になったmonokanoさんNAOIさん制作の資料をご提供いただけましたので、こちらからダウンロードしてご参照ください(InDesignドキュメントです)

 おそらく、IVSがテキスト内に含まれているかどうかをチェックするツールの作成自体はそう難しくありません。ただ、なにしろ「WordやExcelのドキュメントを開いてコピー&ペースト」という完全に一般定着している作業の流れを変えることになりますので、必ずチェックすることを末端まで徹底させることは相当大変そうな話ではあります。

電子書籍ではどうなるの?

 次に電子書籍でのIVS対応状況ですが、まずXMDFやドットブックでは文字コードの基本がShift_JISですので、Unicodeの発展フィーチャであるIVSはそもそも使用できません。字形を再現するには外字画像にする必要があるでしょう。

 EPUB3では、「まだしばらくは使わない方が無難」といったところかと思います。少し前に見てみた記憶では、紀伊国屋書店のアプリ「kinoppy」のiOS版でIVS字形の再現まで確認できた他は、ほとんど対応しているアプリはなく、それどころかIVS文字が化けて表示されたり、IVS文字以降のテキストがごっそり表示されなかったりといったようなビューアの実装が見受けられました。

 ただ、正直まだ黎明期のEPUB3ではビューアアプリのアップデート間隔がかなり短いため、私もまだ最新ビューアの実装は追いきれていません。各電子書籍ビューアの最新IVS対応状況につきましては、いずれ調査の上、別エントリでご報告したいと考えております。

※1 JIS2004とJIS90の文字の形の対照表(Adobe)
※2 メイリオのみIVS対応のものが5文字あるようです

     

monokanoさん/NAOIさんにご提供いただいた資料はこちらからもダウンロードできます

(2013.4.04)

monokanoさんにご指摘いただいた部分を修正いたしました。「IVSシーケンス」を「異体字指定文字」に修正したのが主な修正点です。

(2013.4.04追記)

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プロフィール
Jun Tajima

こちらにて、電子書籍&Web制作を担当しています。
このブログは、EPUB3をはじめとした電子書籍制作担当オペレータからの、「電子書籍の制作時にたとえばこんな問題が出てきていますよ」的な「現地レポート」です。少しでも早い段階で快適な電子書籍閲覧・制作環境が整うことを願って、現場からの声を発信していこうと目論んでおります。

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